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中村・粟賀町地区の概要

更新日:2018年1月26日

ページID:422

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神河町中村・粟賀町地区は、越知川下流の農村地帯としてひらけ、生野街道の街道村、宿場町として形成されました。明治以降には生野鉱山寮馬車道(通称「銀の馬車道」)が整備され、旧神崎町の中心市街地としても発展してきました。
往時の街道筋を中心とした賑わいは失われましたが、かつての宿場町の雰囲気を伝える歴史的な町並み景観を残しつつ、近代化の波の中で変遷してきたさまざまな年代の建物が混在し、重層的な歴史的・文化的景観を形成しています。
近年は「銀の馬車道交流館」の設置、古民家再生の取組など、地域固有の歴史や文化の蓄積を活かした賑わいづくりの取組も始まっています。

(1)地区形成の背景

中村・粟賀町地区は、山並みを背景とした農村集落の中に、街道が通り、農村から街道村、宿場町へと発展し、近代には地域の中心として栄えてきました。この過程で、茅葺きの町並みが瓦屋根へと更新されていくなど変化してきた中にも、町家と農家が混在した街道筋の町並みが残り、地区の歴史を反映したさまざまな時代の多様な建物が交じりあった特徴的な景観を有しています。
特に旧生野街道である銀の馬車道沿いでは、街道筋らしく道路際に商家や町家が建つ一方で、建物を道路から控えて前庭をとって敷地を塀や蔵・納屋などで囲んだ農家的な住宅や茅葺きの民家も見られます。このため、建物の軒先や屋根の高さ、壁面の位置などの連続性は乏しいものの、町家や町家の間をつなぐ農家の塀と庭木の緑、林業の町らしい地場の木材等を多用した素材感が醸し出す落ち着いた趣により、全体として調和した景観を形成しています。

中村・粟賀町地区の写真1

さらに、間口が広い敷地にゆとりをもって建物が建ち、これらの建物と建物との隙間から見える山並みや田園が街道筋の町並みと一体となって地区の景観を特徴づけています。そして緩やかに屈曲する街道筋には、かつての賑わいを感じさせる立派な商家や酒屋等の歴史的建築物が残り、屈曲部ではアイストップとなり、より一層歴史を感じさせる景観をつくりだしています。
街道筋の周囲には、農村集落の佇まいが残る町並みがあり、この農村集落の町並みと街道筋の町並みとを街道筋からくし状に伸びる路地がつなぎ、お互いの町並みがうかがえることにより、景観に奥行きを生み出しています。

中村・粟賀町地区の写真2

地区東部には、山並みを背景に田園が広がり、ほ場整備により道路や区画が整然と整備された中にも農家が点在する昔ながらの土地利用を反映した田園景観が残っています。その中で、埋田神社を取り巻く鎮守の森が印象的な存在感を放ち、質の高い田園景観を創出しています。
また、地区全体に水路が縦横に走り、豊かな自然が育んだ清らかな水はバイカモやホタルを育て、地域の景観に四季の彩りを与えるとともに、その流れは街道筋と田園部とのつながりや背景となる山並みの森林との関わりを連想させ、地区全体の景観にまとまりを与える重要な要素となっています。

中村・粟賀町地区の写真3

(3)景観資源

(1)銀の馬車道(生野鉱山寮馬車道)
中村・粟賀町地区は、JR寺前駅から東へ約3km、越知川と国道312号、旧生野街道が交差する付近に位置し、神河町東部の山々に囲まれた谷筋から越知川に沿って広がる谷底平野です。古くは越知川流域に農村が拓かれ、その後旧生野街道に沿って街道村、宿場町が形成され、明治以降には生野鉱山寮馬車道(以下「銀の馬車道」という。)が整備されました。このため、地区の東側に山並みを背景とした田園が広がり農家的な住宅や茅葺きの民家が見られる一方で、旧生野街道沿いに、切妻あるいは入母屋平入、厨子2階建等の伝統的な町家が軒を連ねる、暮らしと生業が表出した「半農半商」の町並みを形成しています。

銀の馬車道交流館の写真

銀の馬車道交流館

また、戦後、現在の国道312号が整備され、沿道に神崎郡で唯一の公的病院である「県立粟賀町診療所」(現在の「公立神崎総合病院」)が開業して以来、生活利便施設が集積した現代的な市街地を形成し、旧神崎町の中心地として発展してきました。
往時の街道筋を中心とした賑わいは失われましたが、かつての宿場町の雰囲気を伝える歴史的な町並み景観を残しつつ、近代化の波の中で変遷してきたさまざまな年代の建物が混在し、重層的な歴史的・文化的景観を形成しています。
近年は「銀の馬車道交流館」の設置、古民家再生の取組など、地域固有の歴史や文化の蓄積を活かした活性化への取組も始まっています。

イタリアンレストランの写真

古民家を改修したイタリアンレストラン

(2)難波酒販店 景観形成重要建造物
難波酒販店は、近世に旧生野街道沿いの宿場町として栄えた、中村区内に位置しています。旧生野街道に面する代表的な町家で、地域の景観の核となっていることから、県の景観形成重要建造物に指定(平成20(2008)年3月)されています。
旧生野街道沿いに点在する町家の中でも特に年代が古く、規模の大きい酒造・酒販店であり、かつては養蚕業、染色業も営んでいました。玄関腰窓に用いられている縄文杉の一枚板や出格子、虫籠窓等のしつらえから、宿場町として栄えた当時の様子を垣間見ることができます。

難波酒販店の写真

難波酒販店 景観形成重要建造物

(4)法楽寺
法楽寺は、地区北部を東西に流れる越知川の「赤橋」を渡り、仁王門(山門)から約250段の石段を登った山の中に位置し、紅葉の名所として知られています。
紀州高野山金剛峯寺を総本山とする高野山真言宗のお寺で、本尊は十一面千手観世音菩薩です。開山は大化年間、法道仙人によって開かれたといわれています。
県指定文化財である本堂、春日社、町指定文化財の梵鐘、仁王門(山門)、庫裡、鐘楼、開山堂、神馬図絵馬など、多くの文化財を有しています。
また、地元に伝わる創建時の逸話「播州犬寺物語」が有名で、別名「播州犬寺」と呼ばれています。
南禅寺の虎関師錬国師が元亨2(1322)年に著した仏教史書『元亨釈書』の中でも「日本の三十ヶ寺」として紹介されています。
法楽寺の玄関口にあたり、景観上も重要な資源となっている「赤橋」は、平成23(2011)年の台風12号により大きな被害を受けましたが、地域の方々の協力により、再建されました。

このページに関するお問い合わせ先

ひと・まち・みらい課

所在地: 〒679-3116 兵庫県神崎郡神河町寺前64番地(神河町役場本庁舎2階)

電話番号: 0790-34-0002 ファックス番号: 0790-34-0691

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